No Soba No Life

商標

皆さま、こんばんは^^。マスターです。

先日のことになりましたが「裁ち切りそば」の商標登録が完了しましたので、ご報告します。

振り返ればこの「裁ち切りそば」を考案したのが20年前です。

はい!「なんでそうなったん?」って質問してくださいね。

長~くなる話ですが、手短にお話しすると、「強い切りそば」が欲しかったのです。

お蕎麦の命はあまりにも儚い、「二八」から「外一」へ、そして「生粉」(十割)へと

お蕎麦の風味を強く求めればもとめるほど、お蕎麦の命は短くなります。

お蕎麦を作って、お客様にお出しすれば、「速くたべてくれ~」「お連れの品が来るまで待つな~」

「携帯電話にでるな~」本音の話、ヒヤヒヤ・イライラすることも多くあります。ガッカリすることも・・・。

蕎麦屋の主人に強面や偏屈なイメージが多く持たれているのは、

こんなところから来ているのかもしれませんね。

お蕎麦を愛しているから、そこにお運びするまでにたくさんの人の情熱がこもっているから、

なので気を悪くなさらないでくださいね。

だからと言って、出された品物をどのように食すかはお客様の勝手です。

能書きを聞かされると気分を害することの方がおおいでしょう。

そう、弱いそばを作っている自分が悪い!。なんとか1秒でも長く生きている「切り蕎麦」を作らねば。

25年前の開業当初から、常にそのことばかりを考えて仕事をしていました。

とうとうそば切包丁を捨てて、20年前にこの「裁ち切りそば」を完成させました。

それからも何度も頭を打ちながら、現在に至っています。

今でも試行錯誤の繰り返しなのですが、ひとまず、これが、古今東西において、

唯一無二のものであると国が認めてくれました。これを授かりました。
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皆さま、お蕎麦のブランドが誕生しました。

私はこれからこのブランドを守っていくのですが、大きな目標も得ることができました。

一眞坊を支えてくださるお客様に感謝の意を持ってご報告させていただきます。

また商標を得るまでにご協力いただいた方々、弁理士の萩森先生に深く感謝いたします。



  1. 2016/05/16(月) 21:08:19|
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高野山へ

皆さま、こんばんは。

ゴールデンウィークの後、連休をいただいて高野山へお参りしてきました。

実は12年前に亡父の骨を奥の院に納骨させていただいて、先日13回忌をむかえたのですが、

納骨以来、一度も本山はお参りせず、お盆になると施餓鬼をお願いするくらいで、

菩提寺へは、年に何度かのお参りで申し訳ないことをしておりました。

13回忌の折に、今年は宿坊に泊まらせていただいて朝のお勤めをさせていただいて、

奥の院を亡父を想いながらゆっくりとお参りしようと決意しておりました。

泊まらせていただくのはもちろん、亡父納骨のときにお世話になった「西禅院」です。

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綺麗なお部屋から「大塔」が見えます。
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お風呂も大変綺麗で、「宿坊」のイメージが変わってしまいました。なので、お料理なんかも全く期待していませんでしたが・・・
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このお料理は誠によかったです。ごらんのように豪華さはありませんし、質素な精進料理です。

宿坊ですからこれがオーソドックスなスタイルだと思います。
むしかし、ご飯が素晴らしく美味しく炊けている、一つひとつの品、さりげなく添えられているお漬物や梅干し、

仕入れて付け合わせてものであっても良いものが吟味されています。

私はふと、若い頃に「精進料理」とは何ぞや?という先輩の言葉に、「生臭をつかわないものでしょ?」

と答えて、メチャ説教されたことを思い出しました。

「手に入る素材で、誠心誠意の技法を尽くす料理を言うのや!」ということでした。

仏教の修行に精進料理というのが定説になったからか、単に動物や魚など生物を食材とする禁じたものだと思っておりました。

もちろんその意味もあるのですが、それは食される側の事情で、料理としての意味、料理人としての受け止め方はまるで違う

のだと説教されました。今の時代では食材は何でも手に入れるつもりであれば短時間に手に入る。だが、昔はそうではなかった、

特に山間部ではどんなものが食材となったかを考えると、料理でおもてなしをするということは大変なことだったでしょう。

今では「精進料理やから生臭は使たらあかん」ということなんですが、本来は「生臭は手に入らないけれど、誠意一杯の技法で

おもてなししよう」という意味で「精進」という言葉が使われたそうです。作る側の意味ですよ^^。

そんなことを思い出しながらお料理をいただきました。心が洗われるようでした。ごちそうさまでした。

西禅院から総本山「金剛峯寺」は歩いてもすぐですので、朝のお勤め、朝食の後、お参りしてきました。
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初めてお参りした金剛峯寺、秀吉が寄進したというので豪華絢爛で平等院のようなイメージをもっていたのですが、

趣のある、中庭の美しい、どちらかというと「わび・さび」を感じました。さすがに襖絵などは素晴らしいものですが、時代とともに

華やかさよりは時の厚みを感じるものでした。

そして、ゆっくりと往復三キロちょっとになるでしょうか、奥の院を「一の橋」からお参りします。

お大師様のおられる「御廟」まで三つの橋があります。「一の橋」「中の橋」「御廟橋」。

「御廟橋」からは脱帽で、写真撮影は禁止となり、ここを渡るとお大師様に会えます。「御廟」の横には「納骨堂」が

設けられています。私はここに亡父の骨を納めました。もちろん写真は撮れませんでした。
一の橋
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中の橋
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御廟橋
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「橋を一つひとつ渡る度に今までの罪が消えてお大師様のところにたどり着くまでに綺麗な体になってるねんて^^。」

どこで仕入れたのか女将がそんなことを言っていました。でもゆっくりと戦国武将たちや歴史上の偉人たちのお墓を見ながら

奥の院の森にパワーをもらっていると「ほんまや」と思ってしまい、お大師様のところへは真っ白な気持ちでお参りできるような

きがするから不思議です。久しぶりに納骨堂へお参りし亡父の想い出に触れ、暖かな気持ちになりました。

毎年お参りしようと女将と話しながら参道を帰りました。













  1. 2016/05/11(水) 00:14:30|
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一眞流裁ち切り蕎麦、一眞坊の店主です。よろしくお願いいたします。

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